【コーチングについて:その2】

 

5)優勝劣敗思想による心の歪み

 野球において勝ち負けは重要な結果です。プロ選手にとっては、勝ちや成績こそが自分の評価や収入につながる大きな意味を持っています。少年野球でも、選手である子供たちは勝負に非常にこだわっています。それは当然でしょうが、問題は彼らを取り囲む大人にあります。競技スポーツであるかぎり「勝たなきゃ意味がない」「負けはダメ」と、多くの人たちが思っています。しかし、勝つ強いものが優れていて、負ける弱いものは劣っているという考え方である『優勝劣敗』がその根底にあったならば、子供たちにも『優勝劣敗』という概念が広がっていきます。勝負事は、必ず相手がありどちらかが勝ち、もう一方が負けます。負けた方は弱い、自分たちより下と見下すことは人として良いことでしょうか。相手がいるからこそ勝負が成り立ちます。いいかえれば相手がいるおかげで切磋琢磨できるわけです。試合では「お願いします」という意味で一礼をするはずです。

 『優勝劣敗』の考え方は、試合だけではなくチーム内にも影響を及ぼします。試合に勝つために監督はメンバーを組みます。レギュラーを選ぶ、つまり優れたものとそうでないものを分けるのです。敏感な子供たちは当然ながら実力の優劣や、時には監督の好みを感じ取ります。ここまでは普通ことです。しかし、もし子供たちが『優勝劣敗』を元に思考していたならば、劣ったものは不要という考え方になってしまいます。子供の間で「お前ら二軍だから練習が楽でいいな」「なんだ二軍か」といった言葉が出るようでは状況はよくありません。今どんなに優れた子供でも、広い世界に行けばもっと優れた子供がいます。いつまでもトップであり続けられるものではありません。いつか弱者や敗者になることが必ずあります。勝負においては、勝って学ぶことがあり、負けて学ぶことがあります。指導者・コーチはもちろん子供たちの周りの大人は、試合の勝敗を評価する以前に、人としての教育を忘れてはいけないと思います。

次のページへzhi_dao_lun07.html
zhi_dao_lun07.html
前のページへzhi_dao_lun05.html
zhi_dao_lun05.html

6)評価すべきは結果か過程か?

 少年野球において、子供たちの結果と過程のどちらを評価するべきでしょう?勝利第一主義ならばもちろん結果でしょう。中には両方という人もいるかもしれません。筆者は、結果も過程であると考えており、その過程の中身を評価してあげることが重要ではないかと思います。それはあくまでも個の評価であり、他者との優劣ではありません。子供たちはみんな多様な個性があり、体格や能力などの個体差もあります。そんな彼らを同一線上で見たり、数試合の結果で評価することや優劣を決めることは無意味なことです。例えば、試合や成績などの結果は相手があり、様々な条件によっても左右されます。何かができるようになったというものを結果と考える場合もありますが、それも成長の過程にすぎません。筆者は、試合の勝ち負けも、自らが成長していくための試練や課題と捉えています。大切なことは、その子自身が野球を通してどれだけ心身の成長をしているか、良い過程を経ているのかではないでしょうか。

 「試合に勝たなきゃ意味がない」「試合に出てもノーヒットでは結果なしだ」「レギュラーにならなければダメだ」「ベンチウォーマーになるな」などといった言葉は結果重視といえるでしょう。たとえ試合に出なくとも、子供自身が自立心を持ち、自らの課題に対し努力していれば、十分に評価に値することだと思います。筆者としては、自らの過程(もしくは努力)が大事なことであることを子供にも理解できるようになってほしい、またそういう理解ができるような指導をしたいと考えています。

 子供たちの野球人生ははじまったばかりです。3年後に力を発揮するか、10年後に力を発揮するかはわかりません。これからの人生のために今という少年期を如何に有意義に過ごすのか…子供たちは貴重な成長過程にいるのです。“結果”がどうなったかは、子供たち自身が大人になった時、自分で見つめればいいでしょう。

7)敗戦は誰のせい?

 試合後、負けたチームでは円陣を組み、反省がはじまります。「守備でエラー、攻撃でミスをしていたら負けるに決まっているだろう!何をやってるんだ!もっとちゃんと野球をしろ!どうしたら勝てるか考えてグラウンドを10周走ってこい」などと厳しい口調で監督から檄が飛ばされます。しかし、筆者にはこの指導者の愚かさしか感じられません。本当の敗因が見えていないのです。

 試合での勝利は、頑張った子供たちへのご褒美です。負けはすべて指導者の責任です。例えば、エラーをしたならば、それは日々の練習、指導の結果です。三振だってそうです。選手・子供の技術習得、体調やメンタルのコンディショニング、選手起用、作戦などは指導者に責任があります。子供たちは練習で学んだことをやっているだけで、練習でできたことが、もし試合でできなかったとしても、それは指導が至らなかったということになります。もちろん試合には不運やアクシデントもあります。しかし、不利な流れを変える力がないとするならば、指導者の力不足と考えることもあります。

 プロ選手は活躍し勝つことが目的であり、活躍できない選手は非難されることも致し方ないかもしれません。しかも彼らは大人です。しかし、少年野球はプロと違い、学びの場です。敗戦の原因を選手たちに押し付ける指導者は、自らの無能さを選手のせいにし、勝利の要因は我が指導の成果と胸を張ります。

しかし勝因は、練習してきた子供たちが試合という舞台で頑張ったからに他ならないのです。

 冒頭のような発言をする監督・指導者は威厳があるように見えるかもしれませんが、敏感な子供たちはたぶんその無能さを見抜いていると思います。そして鈍感な子供は監督の言葉などすぐに忘れてしまいます。中には試合がおもしろくなくなったり、萎縮したりする子供も出てきます。せっかくの試合後の反省も逆効果になりかねません。試合の結果を糧に、指導者・コーチの皆さんは考え、時には学びながら、自らの指導力の向上に努めていかなければならないと思います。

8)コーチの練習日誌

 これは筆者の話です。筆者は低学年チームの監督を引き受けた時、どういう指導していけばよいのか迷っていました。何からはじめればよいか思案しながら、とりあえずどんな練習したかを書いておこうと、練習日誌をつけはじめました(元々は家内にやりなさいと云われた)。月日・練習場所・参加メンバー、そして練習内容や思ったことを短くでもいいから書き留めていきました。めんどくさがり屋の筆者ですが、とにかくひと言でも書く、次の日でもいいから書くというふうに決めて続けていきました。殆ど練習内容を書かない日もありましたが、練習メニューや子供たちのコンディション、印象的だった事(…○○君は今日大きな声だった)などを書いていくと、その日一日の練習を客観的に振り返ることになり、自分自身の反省が少しでもできるようになりました。子供たちのコンディションの記録は、長い目で見ていくと子供たちの特長を把握することにも役立ちました。練習日誌を書くことに慣れてくると、反省と共に、次の練習プランの組み立てなども書きました。日誌を継続していくことで、練習やコンディションを一時の点で見るのではなく、長く連続した線で見ることができ、練習の継続と成果などが少しずつ見えてくるように思えます。しっかりした方ならともかく、自分の指導を批評や反省し、客観的に見る方法としては練習日誌はオススメです。チームを去った今でも、あの時の練習日誌は自分の指導を見直す大切な資料であり、子供たちとの良き思い出になっています。