【コーチングについて:その5】

 

17)自分で考える:向上心と自主性

 あるチームでは、試合でヒッティングや走塁などが全て監督のサインによって決められていて、その指示通りに動かなければ怒られます。だから単独スチールなどは一切ありません。特に攻撃面でよく見られることですが、子供たちにとって良いことなのでしょうか。もちろん試合の責任を持つのは監督です。勝つために指示を出すのでしょうが、もう少し自由に野球を考えさせる機会も与えた方がいいと筆者は思います。筆者の場合、試合での盗塁では『考えろ・待て・盗塁』と3パターンのサインを作っていました。『考えろ』なら盗塁できるかを判断して、自由にして良いということです。

 筆者の思う『考える野球』とは、自分で判断するということです。場面を考えたり、打球判断をしたり、相手の技量を計るなど、野球には考えるおもしろさがあり、それは技術でもあります。考えてプレーすることは「どうすれば成功するのか」「何が必要なのか」といったことを考えることになり、それは向上心につながります。そして、自身で考え、実行することによって、自主性や自立心が養われるのではないかと筆者は考えています。『考える野球』は、スポーツの知的な一面です。肉体を鍛えるだけがスポーツではありません。作戦を考えたり、練習方法を工夫したり、弱点を補う工夫をしたりすることも『考える野球』です。足が遅ければ、判断力を磨いてスタートを良くすればいいんです。大切なのは自分で考え、そして実行することです。

 『考える野球』を実践するためには、もちろん練習から考える習慣を付ける指導が重要です。小学生の場合、場面設定をし、考え方の基礎を教えることがやはり『考える野球』への近道だと思います。つまり自分で考え判断ができるような下地を作ってやります。例えば「君は二塁ランナーで、1アウトでバッターがライト前ヒット。君は打球方向を確認し、君の足の速さでホームに帰れるかな?やってみよう」といったように、判断と実行を繰り返し、失敗や成功を繰り返すことで、自分の感覚=センスを磨いていきます。もちろん最初は、予備知識のない小学生相手なら機械的に「こうなったら、こうしろ」という指導からはじまるかもしれませんが、最終的には個人で判断ができるように指導していきます。野球の指導は、サーカスの熊の調教とは違います。指示通りやらないと怒る、指示通りしていればいいというのではなく、自分で考え判断し、自分で動く野球こそが、最終な指導の成果といえるかもしれません。

 イチロー選手は、足がずば抜けて速いわけではありませんが盗塁も多く、しかも高い成功率を誇っています。また外野守備でもファインプレーを数多く見せてくれます。イチロー選手の素晴らしさは、自分で『考える・判断する』という能力が肉体的なパフォーマンスを支えているからといえます。プレーヤーが知能と肉体によって自己表現ができるからこそ、スポーツすることは楽しく、夢中になってしまうのではないでしょうか。それはTVゲームなどでは絶対にできない、スポーツの素晴らしさだと思います。

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18)交差する異なる指導

 子供たちを悩ませる問題として、コーチによって指導内容が異なるということがあります。あるコーチはこうしろという、別のコーチはああしろという、時には正反対のことを指示したり、「誰がそんなことをしろといった!」などと怒り出すコーチもいたり…子供たちが踏んだり蹴ったりになっていることがあります。こういった異なる指導が横行することは、チーム内で指導方針の統一性がもたれていないことが原因の一つ。大抵はコーチ間のコミュニケーション不足が混乱を生み出しています。それは監督などトップに立つ人間の責任でもあります。チーム内での各コーチの技術を見極め、各自の役割分担や指示系統を整理することもトップの仕事です。

 筆者が監督をしていた際には、子供たちへの指示をできるだけ大きな声で、他の子供たちだけでなく他のコーチたちにも聞こえるように話していました。また機会がある度に、他のコーチに「この子にはこういう指導をしているんです」と指導方針について話しかけるようにしていました。監督自身と他のコーチが、指導において共通の方向性を持つことは非常に大切なことです。もちろん意見の相違が確認されることもありますが、そこで話し合い、互いに納得できる指導方針を見いだすようにしていきます。もちろん、トップの人間の言うことが全て正しいわけではありません。トップに立つ人も各コーチも、自分の主張に理解を求めると共に、他者の声にしっかり耳を傾けなければなりません。例えば、ノックなど一つの練習でも、トップの指導者がきちんと子供たちに課題を提示することで、他のコーチ達も指導のポイントが見えてきます。さらには他のコーチからいいヒントをもらえるかもしれません。むしろそういう期待があるからこそコーチをお願いしているとも云えます。監督・コーチが力を合わせ、子供たちが同じ方向を向いてすすめばチーム力はアップする可能性が大いにあるのです。

 実はもうひとり異なる指導をする人がいます。それは子供のご家族です。大抵は父親、時には母親やおじいちゃんの場合もあります。「お父さんがこうしなさいといいました」などと子供たちと話しているうちに発覚するんですが、指導する側としては困ります。そんな時、子供に対して彼の父親の意見をいきなり否定するようなことは言わない方がいいです。子供にとって父親の意見は特別なものです。信頼し尊敬し愛している父親を否定するような指導者の言葉に不信感を持つこともあり得るのです。話のできる父親なら、グランドに来られた機会に指導方針について話をすることも良いでしょう。また親睦会などを開いて、親御さんを集めて指導方針について話してみるのもひとつの方法です。何よりも指導する人間を信頼していただけるよう努めることが重要でしょう。それは、何よりも子供たちのためなんです。指導者・コーチと子供たち、監督と各コーチ、指導者・コーチと親御さんなどご家族…信頼関係の構築はチームにとって不可欠な課題です。

19)コーチのモチベーションが及ぼす影響

 各チームには、それぞれカラー(雰囲気)のようなものがあります。堂々としているチーム、元気ハツラツなチーム、粘り強いチーム、打撃のチーム、守備のチーム…分類を考えないのなら、色んなカラーがあります。こうしたチームカラーは、その時のチーム力が大きく関係しますが、指導者・コーチの性格によるところもあります。どんな指導方針を持ているのか、どんなチーム作りを目指しているのかによって

特長が現れてきているとも考えられます。

 試合や練習においても指導者・コーチの気持ち=モチベーション(動機づけ)がチームに影響を及ぼします。例えば、監督・コーチが怒っていれば選手はびくびくしたり戸惑ったりします。監督がいつもニコニコしていたら選手はリラックスしているか、だらだらしている場合もあります。監督自身が試合で子供たちに頑張れと応援しているチームは粘り強かったりします。一概に、こういうモチベーションならこうなるという方程式はありませんが、監督・コーチと子供たちの関係性によって、その影響は変わると云えます。監督・コーチのモチベーションや態度がチームに影響を及ぼすことから、指導において注意すべき点が見えてくる場合もあります。例えば、子供たちが挨拶をしないのは、指導者が挨拶をしていないからかもしれません。「俺はこうしたいのに、どうしてチームは変わらないんだ」と思うことがあれば、まず指導者自身のモチベーションや態度がそれで良いのか考えてみてください。

 筆者は監督をしていた際、子供たちに『元気な野球』をして欲しかったので「ならばこちらがまず元気で行こう」と思いました。筆者自身が大きな声を出し、子供たちよりも先に走って準備をし、とにかく楽しい指導を心がけました。もちろん叱るべきところは叱り、逆に褒めるところはしっかり褒めることも忘れないようにしました。その結果を自己評価することは難しいですが、その時点ではまあまあ良かったのではないかと思います。しかし、筆者がチームを辞めた後、教えていた子供たちも学年が上がって指導者が変わり、雰囲気はすっかり変わってしまったようです。指導者が替ってチームのカラーが変わることは仕方がないことですが、本人的には少しがっかりしてしまいました。結局、筆者の教えたかった『元気』がまだ身に付いていなかった、というのが本当の指導結果かもしれません。

20)コーチを辞める理由

 コーチがチームを辞める理由は様々ですが、大きく分けると内的要因と外的要因があると思います。

 内的要因とは、辞めるコーチ自身の問題です。例えば家族の問題、父親コーチなら子供がチームを辞めるため、身体的にコーチができなくなった、仕事の都合などの理由があります。

 一方、外的要因とはチームとの関係において辞めざるを得なくなった、辞めたくなったケースです。尚、チーム側から何らかの理由で辞めさせられるケースはここでは除外します。主な外的要因は、意見の相違や指導方針の食い違いです。チームにコーチとして入ってみると、外から見ていたのとは違う場合がよくあります。また、監督など指導のトップとコーチが、指導方針にある程度の一致や信頼関係が築けなければ、コーチとしての存在理由を見失います。例えば「このチームは俺のチームだから、全ては俺が決める。コーチをする者には俺に従ってもらう」といった態度をとるトップがいた場合、責任感があるように見えて、チーム内のコミュニケーションがうまくいっていないことが考えられます。コーチになるよう誘っておきながら、意見を聞いてもらえない、「言う通りにやれ」ではやりきれません。もしトップの指導に異論があるならば、まずは話をしてみることです。話し合いをしても納得がいかないのならば、辞めた方がよいのかもしれません。もし口論になるならば、そういうレベルのチームだったんでしょう。心に不信感を持ちながらコーチを続けることは、本人にとっても指導を受ける子供たちにとってもあまり良いことではありません。しかし、父親コーチなどは、自らの子供がチームにいる手前、ぐっと我慢し黙って我が子を見守るなんて状態になることもあります。チームを辞めるかどうかは、もちろん本人が結論を出すことです。とにかく理由はどうあれ、自分自身とチームの良き関係を求めて、辞めるべきか続けるべきかじっくり考えるしかないでしょう。筆者は、野球のコーチを“続ける”こと自体に大きな意味があるとは思いません。大事なのは、自分自身がどう生きるかだと思っています。自身の生き方で何を大切にすべきかを考えたとき、その答えが見つかるような気がします。

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